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2011年7 月22日 (金曜日)

コメント

常緑樹

いまほどコンパクトカーが普及していなかったあの時代、搭載できなかった車が多かったのが撤退の一因かも知れませんね。
わざわざそのために貨車を新規製造するほどの気概が東海、東、貨物に無かったんでしょう。

うちの親が北海道出身のため、夏休みに東京〜札幌の移動手段として中学生の頃に購入に行ったことがあります。
当時の実家車はアコード・インスパイア、5ナンバーでしたが全長オーバーするということで断られました。
その次の車もメルセデスc200だったため3ナンバーで搭載できず、浜松町も恵比寿も幻に終わりました。

今なら、自分の川崎ナンバーフィットを積み込むのですが・・

kei

日本の鉄道は狭軌というのが決定的だったような気がします。
今はなきカーラックやピギーバックとか、アイディアは良かったのですが…。
それに少し前まで高速1000円やってました。これではフェリーですら辛かったでしょう。

MT54

この国はクルマ>鉄道ですから、もうこういう発想は出てこないでしょうね。本州三社は完全な民営会社ですし、カートレインは元々やってはみたものの、赤字だったと聞いた事があります。

マルス2号

一般的に高額な印象ですが、列車の占有面積(クルマ+個室)を考えたら止む終えない設定だと思います。
カーフェリーは運転したまま簡単に船内に入ることができますが、カートレインはクルマの積み込みに人手が必要なうえ安全上燃料を抜く必要があります。そのあたりも存続のネックになったのでしょうか。

根津千駄木

>熱田駅は東海道線の旅客駅ですが、かつて貨物列車の発着があり貨物用ホームが残っていました。カートレインではそこで車の積み下ろしをしていたんだと思われます。

今出川様
それであっています。いまもホームはありますが、117系の留置線になっていますね。
かろうじて運転が残っていた頃、毎日使っていた駅ですので写真はありませんが記憶に残っています。熱田陸橋の下あたりに貨物ホームに車が乗り入れることが可能な入口があります。

ナロネ21の乗客

>安全上燃料を抜く必要があります

モトトレインと違い、カートレインは貨車(この場合はマニ44)側に消火装置があり、燃料はそのままでした。

必ずしも赤字ではありませんでしたが、JR九州の走行区間が極端に短い故に売り上げの取り分が少なく、それゆえに中止されてしまったようです。

今出川

>ナロネ21の乗客さん
東小倉での積み下ろしもやっていたJR九州の配分が少なく、その辺の折り合いがつかなくて廃止になったという説は確かに聞いたことがあります。

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