こまち15周年
秋田新幹線が開業して今年で15周年を迎えたというニュースを聞いて、もうそんなに経つもんかと意外に感じました。「こまち」という愛称に発表当初は違和感がありましたが、耳慣れてきたせいもあり、今考えると秋田を一発で連想できる案外悪くない愛称に思えます。(同じ大学にいた秋田県人の間では最初から概ね好印象でしたが…)
たぶん開業初日に参戦したのはこの時が初だと思います。一番列車には興味がありませんでしたが、初日に乗っておきたいという思いはありました。
実はこの日(平成9年3月22日)はもう一つ隠れた初モノがありました。それはE2系の運転開始でした。E2系はこの年の10月に開業予定だった長野新幹線用の車両として開発されましたが、速達タイプの「やまびこ」として一足先に東北新幹線に投入されていました。
併結相手の「こまち1号」(東京からの「こまち」一番列車)は早々と満席になっていたようですが、「やまびこ1号」の方は余裕で指定席が確保できました。所要時間が45分に短縮し、200系と比べて明らかに速くなったのは乗っていてすぐにわかりました。
盛岡駅でいったん途中下車してから、後続の「こまち」の自由席で角館まで移動して観光し、田沢湖駅に戻りバスに乗って実際に湖にも行ってきました。田沢湖駅で地元の女子中学生が「こまち」の乗客に地酒の小瓶を配っていましたが、彼女たちには私が成年に見えなかったらしく、華麗にスルーされたのが妙に記憶に残っています。
角館駅で予め田沢湖から秋田へ移動する列車の指定席を確保しておきました。夕方ぐらいの列車であれば指定があるかもしれないという期待して予約したところ、喫煙席ながら確保できました。この頃のマルス端末の券紙は現行の水色と以前の黄緑色が混在していました。
「こまち51号」には半分程度しか乗っておらず、乗車率と指定席の売れ行きにギャップがありました。秋田駅には1時間も滞在せず、すぐに急行「津軽」で仙台に戻りました。この時は「秋田・男鹿ミニ周遊券」を使用していたので、料金不要で急行列車の自由席に乗れるというメリットもありました。
その後「こまち」は平成14年に全車指定席化され自由席がなくなり、平成19年に全面禁煙となり喫煙席がなくなっています。急行「津軽」はこの年あたりを境に臨時列車としても運転されなくなり、知らぬ間に姿を消していました。特急列車の「つがる」が登場したのは平成14年のことです。また、「ミニ周遊券」というきっぷは翌年3月末で全てなくなり、「周遊きっぷ」にリニューアルされて現在に至っています。
こう考えると15年の間にいろいろと変化があったことを実感します。
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