左は国際友好記念図書館。明治35年にロシアが中国の大連に建てた建物を、北九州市と大連市が友好都市締結して15周年を機に平成7年に複製したもの。ドイツ人の設計によるものらしい。中はその名のとおり図書館になっている。少なくとも北九州と関係ある建物ではなさげ。右は旧門司税関。詳細は↓
旧門司税関を正面から撮ったもの。この建物は明治45(1912)年に建てられ、昭和2年に民間へ売却された。平成7年に改修され現在の姿を取り戻している。中はカフェや税関の展示コーナーがある。今回、時間が遅くて見学できなかったが、税関展示コーナーには偽ブランド品やワシントン条約に違反する物品など、税関で摘発されたであろう物品が展示されていて興味深い。横浜にも同じようなものがある。
九州労災病院門司メディカルセンターの駐車場脇に保存されていた市電車両。この車両はかつて門司~折尾を結んでいた西鉄北九州線の車両で、昭和15年に製造され、何度も改造されつつ昭和60年の北九州線の一部廃止まで45年も走り続けた。前来た時はなかったので、最近どこかから移設されたものと思われる。保存状態はよさげなので屋根の下で保存して欲しい。それと説明書きの類が何もないのはちょっと不親切な感。
夕日を浴びる門司港ホテル。「夕日を浴びる」と書くと聞こえはいいが、実際は逆光のせいでこんな写りになっただけ。レトロっぽく見えるが、建築されたのは平成10年のこと。イタリアのアルド・ロッシという著名な建築家のデザインだそうだが、完成前年の平成9年に事故死している。門司港ホテルの完成を見届けられずに亡くなったことになる。
愛と正義の使者「バナナマン」…。門司港と言えばバナナの叩き売りで有名。門司港が大陸や九州の玄関口として賑わった頃に、輸送中に傷んで商品にできなくなったバナナを港で換金すべく露天商が安く売りさばいたのが始まりだとか。着ぐるみを着て売っていたわけでは決してない。それにしても微妙なフィギュアだこと。
運河に係留された船ではジャズの生演奏が行われていた。天気が良くて屋外で生演奏を聴くのは開放的で気分がよいが、この日は4月下旬にしては非常に寒かったので人はまばらだった。背後の高いビルは「門司港レトロハイマート」。最上階には門司港レトロ展示室があり、関門海峡を一望できる。ちなみに居住できるマンション区画もあるらしい。
日が落ちてますます寒くなってきたので夕食に。門司港のグルメといえば焼きカレーということで、駅から一番近い「REST&PUB陽のあたる場所」へ。少々古ぼけたあやしいビルにあるが、焼きカレーとともに関門海峡や門司港駅を一望できるため、一回で二度おいしい。ここでは焼きカレーではなく「カレードリア」としてメニューに載っている。焼きカレーは卵が乗っていないタイプだが、個人的にはこちらの方が好き。
夜が更けてライトアップされた門司港駅。これでも夜7時過ぎだが人はまばら。昼より夜のほうが威容が際立つ感。デジカメの電池は何度も死にながらも、スイッチを入れ直すとなんとか起動した。だましだまし使い続けてこのショットも無事に収めることができた次第。通常夜9時まではライトアップされている。
駅の内部。内装に合わせて「切符売場」や「自動券売機」などレトロ調の看板がかかっている。左手の入り口の奥にみどりの窓口がある。自動券売機のエリアに板で塞がれているところにも、昔は窓口があって人がきっぷを売っていたのだろう。
門司港駅の改札口。自動改札が導入されている。導入の際にはレトロな駅の雰囲気に合わないと反対論もあったそうだが、改札機の色を九州標準の赤から地味な茶系の色に変更することで折り合いが付いたそう。改札口の奥は櫛型にホームが並ぶ終着駅ならではの造り。
早起きしてさすがに疲れていたので、宿泊予定の博多のホテルへは新幹線で戻った。
博多駅の新幹線改札口。来春の九州新幹線博多延伸に向けて博多駅全体が工事中。新幹線の改札口とみどりの窓口は2階にあったものが1階に移設され、2階は駅ナカとコンコースになっていた。博多駅はそんなに久しぶりでもなかったが、行くたびにどこかしら駅の造りが変わっている。
(門司港編おわり。阿蘇編へ続く)
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