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2008年6 月14日 (土曜日)

コメント

あ力道山

風っ子~に関するコメントではありませんが、、

1ヶ月ぐらい前にこのサイトに出会いました。日々アクセスし、たぶん全部読みました。本当に楽しく読ませてもらいました。しばらく離れていた鉄道でしたが、再燃の兆し。さっそく時刻表を購入。20年ぶりぐらい、、、
昔、時刻表キチガイでした。


昭和58年冬休み、小学校6年生。初めての独り旅。九州ワイド周遊券を握りしめ東京駅から345Mに乗り込んだ(とにかく夜行列車に乗りたかった)。九州上陸後は、福岡~鹿児島を行ったり来たり。急行《日南》《かいもん》が宿がわり。昼間はローカル線乗りつぶし。

そんな昔のことを思い出させてくれました。あの頃、国鉄を乗り尽くそうって思ってました。廃線たくさんあって、当時とは変わりましたね、、
これからも楽しみにしています。
感謝。

今出川

自分の収集(物)と旅の記録として約3年前になんとなく始めたこのブログですが、全部読まれたという方はおそらく初めてです。再び興味を持つ一助となれたことは私にとってもうれしい限りです。

手元にある昔の時刻表を見てみると、今の感覚ではとても考えられないような列車や路線があり、非常に興味深いものがあります。25年の間に国鉄はJRとなって、赤字ローカル線の多くは廃線になり、急行列車や寝台列車はほとんどなくなり、薄暗かった345Mは小ぎれいな特急型車両の「ムーンライトながら」となって、旅情が薄れ味気なくなったように見えます。
でも、逆にJRになってからは各社で地域の実態に合った車両が登場させたこともあり、こちらは全国でどこでも似たような車両が走っていた国鉄時代と比べて面白くなったかと思います。国鉄があのまま続いていたら山手線はまだ205系だったでしょうし、東海道山陽新幹線にN700系が登場することもなかったでしょう。

過ぎ去りし昔を懐かしむのも結構ですが、それだけではなくその時代に合った前向きな楽しみ方ができたらと常々思っています。私自身お金や時間に制約はありますが、ここまで続いたらできる限り続けるつもりですのでこれからもご贔屓に…。

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